歌のような映画、映画のような歌
- jille8jiji
- 2019年12月7日
- 読了時間: 4分
稚内出身のミュージシャン蝦名摩守俊と共に、SINGERSと言うツアーを回っている最中の、
「ある」シンガーソングライターの歌を聴きに、紋別へ向かった。
自宅から紋別までは車で一時間ほど。
向かっている最中に雪が降りだし、風が強まってきた。
大きな角を生やした鹿にも遭遇した。
「鹿だ鹿だ。大きい鹿だ!」と、
慎重に運転しているパートナーの肩をバシバシ叩き騒いでしまう私は北海道に移住して4年が経つ。
鹿やキツネを身近な動物として見ている道民の冷静さが、私にもいつか芽生えるだろうか?
いや、10年後、あいかわらず鹿の存在感に痺れ、
雪原に残ったキツネの足跡を追いかける50代の自分の姿が目に浮かぶ。
その時に、増えた白髪が気持ちよさそうに雪の日の風に吹かれているのもいいかもしれない。
紋別に入ると、道路はすっかり雪で覆われていた。
駐車場に車を止め、ナビを見ながらライブ会場へ向かう。
会場は紋別の飲み屋街にある。

港町の飲み屋街はとても風情のある場所だった。
夜の街のどこに行っても、ベティブープは人気者だし、

飲み屋の看板はいつ見ても面白くて、
キノコの看板に惹かれ近付くと、

この味わい深い路地があった。
昔から路地があると吸い込まれるようにそこに入っていってしまう。
鎌倉に居た頃もよく一人で路地散歩をしていたけれど、
ここの夜の路地は、雪がとてもよく似合っていた。

もっと散策したかったけれど寒くて断念。
目的地の会場もまた醸している場所だった。

小さなライブスナック。
ステージは手の届きそうなと言うより、手の届く距離にあった。
店のカウンターで待機している「彼」と会うのは数年前の渋谷でのライブ以来だった。
といってもその時の会場には観客がたくさんいたので話すことは出来ずにただ挨拶をするだけだった。
「彼」と少し話しをさせてもらって…開演時間が来た。
まずは一緒にツアーを回っている蝦名摩守俊が歌い始める。
初めて聴く蝦名摩守俊は、丁寧に優しい歌をうたう人だった。
ギターもうまいし歌もうまくて、陽だまりの中で絵本を開いているような気持ちになった。
慈愛に満ちた音楽はきっと誰も傷つけることはないだろう。
続いて「彼」のライブが始まった。
ギター、ウクレレ、三線を弾きながら歌う、アコースティックライブで、
それはとても圧倒的だった。
自然を想い、世界を憂い、前を見て、愛を語り、「彼」の歌は自由に飛び回り、
もはや爪弾くギターの音にすら捕らわれていないようだった。
「レラマカニ」や「美しい島」という曲の「彼」の出す高音は、
宇宙へ向かって疾走していくように真っすぐ突き抜け、
「ふたりぼっち」という曲では、
『僕らこの星にふたりだけなのかもね。こことはあまりに世界は違い過ぎる。
落ちて朽ちてまた芽を出すもの達を眺めて日は暮れゆく。今日も一日いい日だったね』と歌い、
ふたりだけの孤独がじつは豊穣な世界を築いているのだと気付かせてくれる。
ライブが終わり、余韻で心が痺れたままだった。
海外での販売を念頭に作られた「彼」のニューアルバム「THE ETERNAL VOICE」を買い、
「彼」と握手をして会場を出た。
外に出ると雪は止んでいた。
さっき買ったばかりのTHE ETERNAL VOICEを聴きながら車を走らせる。
今回のライブと同様にギターと歌だけのアコースティックな一枚だった。
バンドで弾むような曲を歌う「彼」の印象が強かったのだが、
ギターだけで歌う「彼」の声には、命の襞が鮮明に感じられた。
絶望と希望、光と翳り、怖れと勇気、それを知っている者だけが歌える歌がある。
「まるで映画を観てるようなライブだった」と私が言うと、
パートナーも「うん。映画を観ているような気分だった」と言った。
ボーナストラックには、
「彼」が音楽を担当した河瀬直美監督の映画「2つ目の窓」のテーマ曲「STILL THE WATER」が収録されていた。
深夜の雪道、ピアノだけのその曲は暖まった車内にゆっくりと溶け込み、
私達の沈黙を小さな煌めきに変えた。
家に着き、買ったCDに付いている特製ポストカードに書いてある文章を読んだ。
「人それぞれが私の歌を聴いて勝手にイメージを膨らませたその人独自の映画のような映像を見てもらえたら嬉しいし、それが本望です」と書いてあり…
どうやら私達はまんまと「彼」の思惑通りに『映画』を観たのだった。
なんだかかっこよすぎて悔しいではないか。
そんな「彼」の名前は「ハシケン」という。

来年の三月以降ライブやツアーは暫く休むのだと聞いた。
「ハシケン」の歌がまた始まる日を待とう。
座席に座りポップコーンを食べながら映画館の幕が上がるのを待つあの高揚感と共に。
●ハシケンが『好きなものだけ』を集めたお店「ポプイポポ」●
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