光り干し
- jille8jiji
- 2018年8月25日
- 読了時間: 2分
更新日:2020年12月7日
北海道の夏、終了…。
短い夏でした。
この夏は個人的に大きな問題にぶち当たり、
写真を撮る気力もなく、畑にもなかなか行けず、自分の誕生日もあまり楽しむことが出来ずにいた。
そんな中で、ふらっと畑へ行くと、
ヒマワリや野菜の花にマルハナバチやてんとう虫がたくさんとまっていて、
なんとなくそれを眺めていたら、自然とカメラを構えていた。





(このアザミみたいなのはゴボウの花)
あいかわらず畑の中は色彩と音に溢れ、ブンブンと賑やかだった。
色と音の真ん中に一人で立っていると、
ふと、
テレビの雑音や都会の雑踏の中で、
ザラついた寂しさや哀しみを紛らわせていた十代の頃を思い出し 笑う。
当時のような寂しさも哀しみも今は全くないけれど、
40年生きた人生の陰影のような孤独は人並みにあると思う。
生い立ちで染み付いてしまった仄暗さ、
もうどうしようもなく懐いてくる翳、
そういった自分の内側に漂うものを、
時々、陰干しならぬ光り干ししてみるのもいいかもしれない。
私の場合は畑に降る光りならなお良いが、自分に合った光りで翳を干すのがいいと思う。
心身から埃は舞い上がる。
塵や埃が光りの中を昇っていく。
それはキラキラと美しい。
意味など気にせず
翳と埃と光りが、そのヒトを形作っていることに気付いたりしながら…
光りの中に干される翳の心地よさげな温度が、いまの自分の身体を温めていく。
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