この世の愛し方
- jille8jiji
- 2017年5月3日
- 読了時間: 3分
更新日:2020年10月12日
2015年3月からTumblrを始め、そこに自分が撮った写真を載せてきた。
(枚数がだんだん増えてしまい写真を整理したいと思ってこのウェブサイトを作ったので、
きっとTumblrをやっていなかったらこのウェブサイトは存在してないだろうと思う)
Tumblrは言葉よりも写真を通して感性で響き合えるので、
人種を越えより広く世界中の人達と繋がることが出来る。
国別アクセス解析を見てみると…
ロシア、アメリカ、トルコ、ルーマニア、ポーランド、リトアニア、スウェーデン、イギリス、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリア、フランス、ドイツ、セルビア、クロアチア、ギリシャ、アルバニア、トルコ、エジプト、サウジアラビア、セネガル、ブルガリア、ハンガリー、チェコ、ラトビア、デンマーク、ノルウェー、ベラルーシ、ウクライナ、インド、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾、日本、韓国、中国、ニュージーランド、オーストラリア、エジプト、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ、コロンビア、エクアドル、パナマ、グアテマラ、メキシコ、カナダ…
そしてつい先日、Tumblrのフォロワーが10,000人を超えた。
この頃少しずつ日本人のフォロワーも増えてきたが、それでも圧倒的に海外の人達が多い。
時々外国のPhotographerの方からメッセージをもらうのだけれど、
そのやり取りの中で知ったことの一つに、
海外の人達は自分が良いと思った作品や相手に対し、惜しみなく相手を褒めるという事。
例えばこのようなメッセージ…
「アナタは類まれなビジョンの持ち主です。どうかアナタのその心を決して手放さないで。アナタは暖かい才能を持った人だ」
「アナタはとても特別だ。非常にスピリチュアルな写真を撮る。アナタの意識は素晴らしい」
メッセージをくれた人達は、刺激的で創造的な写真を撮る人が多く…。
私は彼らの才能をどのように表現し真っ直ぐに伝えることが出来るだろうか。
日本の友人にこのようなメッセージをもらったこともある。
「じゅりさんの写真、いいです。
写真シロウトなのになぜいいと思うのかわからないけど技術的な問題じゃないことはわかります。
『この世の愛し方』を教えてもらってる気持ちになります」
この友人の言葉の選び方がとてもとても好きなので
心底嬉しかったし『この世の愛し方』という表現に何とも痺れた。
私がこうして再び写真を撮り始めるようになったのは(撮りたいと再び思えるようになったのは)、
ここ北海道に移住してからだった。
広い敷地内にある古いモノ
動物・誕生・死・自然…を、巡る季節の中で写してきた。
ファインダー越しに見る被写体はいつも私を無条件に受け入れてくれる。
長い歳月の中で朽ちつつある家や窓や壁、
草花、カラス、キツネ、猫、
雨水の入った空き缶、破れたサッカーボール、釘の外れたトタン、
影や光、風や気配のようなものも。
この土地 に辿り着き、私は息を吹き返した。
私にとっての《この世》とは、この土地のことなのだろう。
311の震災後のように、またいつか写真も音楽も文学も芸術も、
見ることも聴くことも作ることも撮ることも感じることも出来なくなる日は来るかもしれないけれど、
今はただ側に在る《この世》を撮ろうと思う。
Thank you for 10,000 followers!
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